先日、車いすのYちゃんとのお出掛けに行って来ました。
6時間の外出で感じたこと、気付いたこと、書いてみようと思います。
車いすのYちゃんと桜を見に行く
造幣局桜の通り抜け(大阪)をやっている時だったので、予約してまずはそこへ向かいました。
桜の通り抜けはすごい人。
文字通りそこを通り抜け、一段下の川沿いの桜を見ながらゆっくり散策し、時々写真を撮りながら大阪城公園へ向かいました。
大阪城公園もすごい人。そして、海外からの観光客がメチャクチャ多かったです。
ぐるっと一周して、ローソンで昼食買って、ビニールシートを敷いてランチタイム。
Yちゃんも車いすからおり、ビニールシートに座りました。
目があまり見えないYちゃんは、両手を思いっきりシートの外まで伸ばして土を触ったり、草をちぎったり・・・
手で、どこにいるのか確認している感じでした。
それぞれ違う障がいを持った利用者の、それぞれの視点で考える
Yちゃんは目がほとんど見えません。
言葉を発することができません。
立てませんし、歩けません。
ご飯を一人で食べれません。
でも、Yちゃんは感じることができます。
音を聞くことができます。
両腕を動かすことができます。
握ることができます。
にこにこ笑うことができます。
身体が触れると、寄りかかってくることがあります。
先日、車いすを押していると、後ろを振り返ることがありました。
「ばあっ!」って声かけると、Yちゃんは声を出して笑いました。
私が何度も「ばあっ」って言うと、何度も笑ってくれました。
帰宅後、お母さんと話していると
「デイサービスから帰ってくる時、家の近くになるとわかるみたいだよ。顔を上げてキョロキョロしているみたい。」
と教えてくれました。
感じる親子の強い絆
最近は、障がい者の子を持つ親は子どもの為に脱毛をさせてあげようと考えることが多いようです。
男の子だったらひげ脱毛。
女の子だったらVIO。
親が介助できなくなった後のことを想像して、やれることをやっておきたいと思うんでしょう。
また、Yちゃんのお母さんは、
「障がいと老人が一緒になった施設だと私もいずれ一緒に入れるからいいな。」
と言ってました。
いつまでも、どこまでも子どものことを気にかけています。
ある意味、障がいを持つ子ども達は親の愛情をいつまでも受けることができて幸せだなぁと感じました。
言えないからこそ感じる思い
別の日、Yちゃんのケアに別のスタッフが入ると、
「あの日(外出した日)は遅くまで笑ってて、楽しかったんやろーな。」
と母は言っていたそうです。
言えないからこそ伝わることがあります。
それらにちゃんと向き合っていきたいと改めて感じました。
Yちゃん、また何処か行きましょうね。
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